地形文書 sanagi-map

地形を用いて記録された・・蛹の宇宙の過去現在未来・・・地形文書sanagi-map

浄土・楽土は未来の静かな世界

古代エジプトの「楽土到来」と、古代インドの釈迦の「浄土到来」は同じことを予告しています。


旧約の黙示録は、浄土へ進むときの荒魂の終末のにぎわい・・を語っています。


大本裏の「一輪」は、弥勒の前世の梵志賢行の登場・・を語ります。


キリスト教(新約)が語るイエスの未来における復活は、地形文書にみあたりません。


ただし、旧約の「天の果て、地の基が見つかれば、私はあなた方をあなた方の為してきた行為によって見放すだろう」 
という意味の預言がありますが、それは2001年の秘数156の出来事を言っていました。
それこそ、旧約の中の最重要な預言です。ダルマの死159と梵志の子の出現を予告しているのですから。


その天の果て、地の基は、梵志の子(東京国博の若者像)が須弥山の珠を差し出すことで明らかにされます。




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額の蛇は188toto神の蛇、顎のひげは島の顔のひげ・・・・つまり、古代エジプトのオシリスは弥勒のことであり、その前世の若者のことです。
なぜなら、toto神の祖はアオサギの腰443、それは505の転位で「負の因果をくらまし、この世界を消滅から保護するため」のtoto領域の創造であり、其の顔が下の右の島の顔です。


すなわち、この世界が完全変態して成長する激動のときに登場するオシリスは、弥勒のことなのです。その前世の子が所問本願経で語るように・・・一般人の中で普通の子のように存在しながら本当の仏道を求道するのです。それは「此の宇宙とは?? 此の人間とは??」などという根源を知りたいと願う欲求・・が求道になります。
この現実の世知辛い生活の中で・・・学問でもなく、学者でもなく、宗教家でもなく、・・・・一体どういう求道をするのでしょう??
興味のある人は弥勒菩薩所問本願経を探ってください。







言い忘れましたが・・・・


釈迦が楼 夷亘羅佛に教わった「経竟」という意味は「宇宙構造の刷新」です。


すなわち、此の地球の構造物をそのままに、なにかしら清らかな世界になる・・というのではなく、構造によって人間の体も本能的欲求も与えられているのですから、その宇宙の要素が引退すれば・・・・どうなるか・・解りますね。釈迦は其の事を語らず、其の未来の浄土の素晴らしさを語っているのです・・・黙示録は 其の過程の混迷する世界を語っています。


何にしても・・・・浄土楽土は「母性が変性して新しい父性になって誕生する世界」というのが大きな特徴です。


『男なら誰でも救われる』とか・・・『釈迦が救い残したものを弥勒が全部救う』・・つまり『結局はすべての生き物が皆救われるのだ~~~~~』と期待するのは間違いです。


ただの一滴の濁りが混じれば・・・浄土は穢土になり、楽土は苦土になり、宇宙の成長は失敗し・・・蛹化の中での羽化は進まず蝶は死に体になるでしょう。・・・しかし、それはありえないのです。
いま、此の蛹の宇宙が存在するのは・・・
これまで無限の回数を・・・・蛹から蝶に成長し産卵し・・・そして目覚めて蝶になり産卵し・・・其の数え切れないほどの繰り返しの果てに・・・今、ここに、この宇宙があるのですから。・・・・そしてこれからも・・・人間を生むために蛹の宇宙が未来に目覚めるのです。


今、私達一人ひとりが・・・其のルーツの先祖の存在によって生まれてきているように・・・同じなのです。偶然の爆発による余韻で動いている宇宙ではないのです。


母性の・・言葉以前の願いが・・・生命が生まれる此の宇宙を支えているのです。