sanagi-map 地形文書

引用表記以外は、全て著作権フリーです。ただし利用は自己責任でお願いします。

360 地球の巨大恐龍は人類の先祖の母です!

地形文書sanagi-map




地形文書に記録された巨大な恐龍は、母性の女神龍です。父性の攻撃的な小型恐竜は、描かれていません。人類を産む母の恐龍を攻撃するものは、、牛だと記録されています。

地球の龍は天空の龍と同時の秘数として記録されています。

母性の龍という意味は、、、

悪をなすことができない、、、

子供が飢えていたら、自分が犠牲になって、この飢えを満たしたいと願う性格、、、

、、、これが、母性の性格です。女神の性格です。


2025.11.08以下 訂正加筆

これが小型化した恐竜の腰から最初の女性のイブが変異して産まれ、前足から、つまり闘争心を持つ性格の男性としてアダムが産まれました。恐竜の腰が人間の女性の腰の様に進化した時、、、先にアダムが産まれたのです。宇宙529と太陽系466の誕生では、母性が先ですが、地球人類は男性、アダムが先です。地球では宇宙構造の多くのことがひっくり返って映るようです。


宇宙においても、地球においても、人類の世界でも、勿論、、、日本の歴史においては特に、、宇宙構造が映って推移していくのですから、女神の時代の次は、父性の荒玉の時代に進みます。地形文書の529から328までの時代が女神中心の宇宙であり、328に父性が母性を征服してからは、弱肉強食の時代が始まりました。

、、、その人類の世界に現れるのは、大陸や国やその国の歴史によって、千差万別であり、地球上で一様な現れ方では無いようです。



ただ、これまでにもお話ししたように、

私たち人類の世界は、宇宙構造の推移に随って歩んでいると読めます。

決して偶然の重なりなどではなく、、、この世界の基本は、蛹の宇宙が成長する過程を進んでいるのです。

私たちの体も、、身体から発する本能的な欲望という力も、、、この宇宙の構造が回転活動して、それぞれの活動の力を、この宇宙全体に響かせているからこそ、、生死を繰り返しながら存在しているのです。


この事を理解した時、、、わたしや貴方の存在とは、、、一体なんだろうか、、、? と、思いませんか?






私たちを生み出している宇宙が、小さな生命体の如き蛹の幼虫、、、、だと地形文書が明かしました。

そして、宇宙創造の過程は、、、、、外の宇宙もひっくるめた母性の願いによって、一つの方向に進んできている、、という事も明らかにしました。

その最初の目的は、、、人類が誕生し、、生存できる世界も誕生する事でした。


この見解は、勝手な憶測によるものではありません。

地形文書の全体に流れる一筋の道を歩くものは、、人間なのです。


そして、、、今は、、その道の途中なのです。





島は蛹が蛹化を終えて脱皮する直前の姿を表現しています。山の高さでその歩んでいる年齢を示します。即ち、今の宇宙は529に始まって、409歳を過ぎた120の活動の時節にまで、、、来ているのです。


409というのは、toto神のひな鳥の活動の象徴数です。既に幾度も話しましたが、ひな鳥は、光の女神アマテラスの転位です。活動の場所を変えて宇宙を護る事です。

このひな鳥が、古代エジプト文明で、はるか古い時代から登場していたと伝わる終末の女神ハトホルが生む男の子イヒとして、人間界に生まれてきます。

この事を、2500年のちに、インドで樓佛という女神の子孫が、梵志賢行という呼称の男の子が、求道の果てに覚りを先駆けすると予告しました。


この弥勒菩薩の求道の様子を克明に予告する話である、、、仏説弥勒菩薩所問本願経、、は、釈迦の話ではなく、樓佛が、未来の末世に、自分が転生して、男の子に変性して、自分が歩んだ求道の道を再び歩む、、、事を語った話です。


浄土の予告も、樓佛つまり未来な弥勒が、語った話なのです。


すでにおはなししましたが、地形文書とお経を比較照合すると、、、

お経の中で、、釈迦と佛という主語が交錯する箇所が目につきます。これは、500年後の結集の時に、男尊女卑と厳密な階級社会に寄り添う形で、女性の存在を消し、王族出身の釈迦を仏教の教祖に祭り上げて、、、教団の存続を計った事がかんがえられます。


現代は少なくとも、5000年以上前から男中心の世界でしたから、お経の解読を、男中心に読む事が偏っている事だ、、、と気づく事は難しかったのです。現実も書籍も、、男中心の宇宙構造だったのですから。




そして地形文書が現れて、宇宙構造の存在が明らかになると、、、、今の構造は途中に過ぎない、、、!と判り、ソレも、、、これから構造の刷新が始まり、完全変態する道を既に一万年以上前から歩み始めている、、、つまり、女神ハトホルが支える太陽の時代なのだ、、、、と判ったのです。

、、、これは、太古から様々に語られてきた預言や予告などが、その役割を終える時代が到来した事を意味しています。



いま、、多くの預言や予告が現実化している時を迎えています。

即ち、古代エジプト文明や仏教や地形文書で予告していたように、私たちの物質文明が刷新される…ことがわかっています。


私たち人間は、自分の体が死ぬことが自分の死である…と考えるのが普通です。


その考えを元にすると、少なくともこの地上世界が全て水に飲み込まれる…と言うことは、未曾有の大災害であり、そんな予告は、恐怖以外の何者でもない!…と考えてしまいます。

しかし…

この体と体から発生している本能的な力は、宇宙から与えられたものを私たちが借りている…と、地形文書が示すのです。


身体や体から発生する本能的な力、欲求、、、をきそにしていて、、、その上に、私という意識があるのは判りますが、その私という意識の根拠、構成するもの、、、はなんだろうか?

善悪は傍に置いておいて、、、私が世の中や人々を判断したり裁いたりしているものは、、、何だろうか?仏教が言う様に、単なる縁起で生じた自我の意識なのだろうか?

しかし、身体と本能の元は、秘数に見られる存在を生む活動にあるけれども、、私たちは、自由な思考と行動の自由を使う存在だから、宇宙構造に動物的に見られる様に従順に従う義務は無い!

無明のままで無知に構造に従うならば、、、貴方や私と言う言葉を自尊心を持って使う事はできない。動物と何ら変わりはないのだから。


上でも述べたように、それでは、私あるいはあなた…と言う存在は、一体何を示すのか?


この疑問は、人間の常識をひっくり返すほどの疑問ですから、簡単に言葉の上で答えを決める…という事はできません。


私の中では、まだ確心を得ていません。

ただ、体と体から発生する本能的な力…例えば生存欲とか生殖欲とか食欲とか…それを基本にして、それから派生したものが、私やあなたの存在の特徴を表すのではないか?…と考えるに至っています。


たとえば、仏教では、基本は宇宙由来ならば、その上に作ったものは「空」だと主張しているようです。

しかし、その空は、、、完全なる無だと考えているのですが、地形文書は、[]全ての宇宙の構成要素は、、、意識しなければ顕れない働きの集まりであり、ソレは無限に縮小と拡大を繰り返している 活動であり、意識によって有無が決まる故に、本当の空の姿を明かしている、、、、と読み解いたのです。ソレが身体と体の生存を支える本能的な欲望をうみだしている、、、、。私たちが好むと好まざるに関わらず、、、命の誕生と存続を願った宇宙活動ですから、、、生物が誕生した時から備わっているのです。

私たちは、その上に、、、人生を歩みながら、、自分、、という意識を育てているといえるのです。

その育った意識こそ、、ワタシやアナタ、、、だといえます。身体や容姿や力や欲望の強さ、、などは、生死を繰り返してきた人生の痕跡みたいなモノであり、宇宙由来の力に少し色が付いたようなものです。

この世界が刷新する時には、それらは肉体と共に消えると考えるべきです。

つまり残るのは、さまざまな事を認識している意識、、、これは、どのような精神世界に心を住まわせているか?、、と言い換える事もできると思います。

ここで問題になるのは、次の宇宙は、、、阿弥陀と称された弱肉強食が発生しない構造の世界だという事です。

これまでの、身体や生殖欲を生み出していた宇宙の要素は、既に解説したように、、、ほとんど、、、活動を完了するのです。

それを、5000年前の古代エジプトや、2500年前の古代インド、あるいは旧約聖書の預言などが人類に警告してきたのです。


しかし、この理解の先に関して、簡単に十善が良い、、十悪は悪い、、、と、佛教の教えを持ってきて結論づけるには、わたしの中の根拠が希薄だと感じています。

他のページで、十悪や十善を使いました。間違い無いと思うのですが、、、なぜ?、、、間違いないのか?、、この宇宙全体においても、、間違いないのか?、、、という無明の霧が、、まだ私を取り囲んでいるとかんじるのです。、、、、愚鈍ですから、、、時間を必要とするようです。


なかなか、、確信ではなく、確心を得るのは、、自分の勝手には行きません、、、ハッハッハッ