大地や肉体が消えても意識は残る、と解釈してもいいのだろうか?
伊予朝倉神に残る女神の墓らしいのですが、、、
朝倉上は、円墳が沢山あったらしいのです。それは、間違いなく女神の同族の特別なマキという地域だったことが、扶桑、今のタオルの産地として残っている事と併せて、伺わせるのです。さまざまな町の資料が古代史の女神の痕跡に多くのワクワクを投げかけてくる地方です。

物質や肉体は無くなっても、意識は残る、、、
このように解読する世界観が浮かび上がってきたのだけど、、、、こんな非常識を、、誰が聞く耳を持つだろうか?と自分に不信に思うのだけど、、、、しかし、宇宙構造の要素の殆どが活動を終わるのだから、今、自分が認識している身体も、家の材料も、山々や岩など、、、その凝固する力そのものが失われてしまう、、、私は、この10年ほど、山の土を固めている力が弱くなっている、、と感じていた。勿論、10年前には既に、構造の活動の終了を理解していたのだから、常識の世界では大雨や台風などを原因と見なす事を、斜めに感じ取った、、、と一蹴する事もできる。
しかし、世界の出来事を俯瞰していると、地形文書の予告がさまざまな形に現れていると感じるのです。
私がお話ししている世界観、宇宙観は、この世界の常識から大きく逸脱している事はわかった上で発表しているのですが、、、
今、意識が残る、、という世界観は、下でも話しますが、人間の存在が何によって構成されているか?という分布が、自分の中で少し霧が晴れてきたと思える結果です。
私たちは、身体の殆どは、自分が自由に生んだり作ったりした存在では無いですね。生態の仕組みによって与えられたものであり、その起源はこの宇宙の誕生にまで遡る事は容易に想像できます。勿論、地形文書はソレを明らかに記録していますが、常識で考えても、この身体が、偶然の連続による、、などと語る話は、「理解できない」事を
「偶然」と言い換えているだけだとわかりますね。
地形文書が明らかにしているのは、「仏教で語る、、煩悩の出処は無明だ、、という説法」は、偶然の言葉と同じで、わからないと言っているが、
煩悩の元となる本能の欲求は、、、宇宙構造の要素が活動する力、、を受け取っているからだと明かした。即ち、身体の細胞や内臓などの誕生も働きも、宇宙構造から受け取っているのです。
そして、基本的な生存と子孫の継承に必要な様々な欲求も、構造の要素つまり、、今の私たちが知っている神々の中の正当な神々の宇宙活動がこの宇宙のあらゆる存在に届いているのです。勿論、人間のDNA程の神々によって構成されていますから、私たちの生存に必要な基本的な肉体も本能も、、宇宙からの授かり物といえます。だから、自分の自由にはならないのです。
しかし、ソレに加えて、、、、、
私たち人間は、この蛹の宇宙が存在する目的であり、、、胤ですから、、、、その基本の上に、自由な思考と、自由な行動を授かっているのです。
、、、まさか、この自由を、元々自分に備わっていたものだ!!、、などと、我見に曇ったひとはいないでしょう。
ともあれ、この自由な思考と、自由な行動こそが、、、、[あなた自身]であり、[わたし自身]だと、地形文書が強く示唆しているのです。
そうなると、、、、
宇宙がこれまでの構造を終わりにしても、、、
[私たち人間の本体、自分だけの意識]は、、、、
消滅せずに残る、、、、とりかいすることができるのです。
当然、肉体を持たない[わたし達]です、、、
地上の上から解放された私たちです、、、、
いかがですか? この世界観を容認できますか?
地上に生きるしか無い人間の現実、、、
性欲に囚われやすい人間や動物、、、
生き残るために精神的な戦いを強いられる現実、、、、
この現実が、、終わりを迎えるのです。
戦いに強いものが、弱く優しいモノを虐げる世界は終わるのです。
次の構造は、阿弥陀という、、弱肉強食が生じない宇宙になるのです。
人類の大部分の人が、ソレを信じられなくても、、、すでに、この宇宙が始まった時から、、成長する過程として、、決まっていたのです。
これを、代々の蛹の宇宙が必然として繰り返してきたのです。
だから、、蝶に変態し、新しい宇宙卵を生み、次の人類の誕生を用意するのです、、、、
その為に、次の構造は、阿弥陀ですから、、、
十善、、、という生き方が、生存の法になるのです。
今が、生命誕生の為に、荒魂が主役の世界であるように、次は、その歪みを生まない世界になるのです。
これは、わたしの個人的な希望などでは無いのです。地形文書を俯瞰した人類の未来なのです。
ただし、これを保証する人間界の権威は有りませんから、どのように反応するかは、、、当然、、、貴方の魂の自由です。
2025年10月27日全文修正
少し、混雑した図ですが、各部分をパソコンで拡大して、ゆっくり鑑賞いただけるように、一杯、、情報を詰め込みました、、、

四国伊予朝倉上 伝斉明地蔵

この女王がお腹に宿した子は、女の子だったのです。だから、一族の母系のある家に赤子を託して、石を腹に巻いて船出したのです。女神の娘は生きられる世界ではなかったのです。五煙の話は、子作りを禁止されて、その代だけ、、生きる事を許された特別な人々の話なのです。
、、、、ソレでも、、、枯れた木から、この世の終わりの前に、、一輪の花が咲くのです。
大本が予告したように、、樓佛が予告したように、、女神ハトホルがイヒを生むのです。
推古と斉明の一族が野に下り、、、時節因縁の到来に合わせて、、、、正逆の因縁が自然と結集し、、成る可くように進んでいくのです。

斉明地蔵は、かなり写実的で、佛教の覚りを開いた人のやうな僧服をきせられている。
天皇ではなく、女王のじだいだからか、、
東京国博の梵志賢行像の一族のはずです。だから、家名も父系とは異なる母系の特別な一族の、消えてしまった家名なのですが、今は、朝倉神の岩戸神社などの石柱にも、、、その名はみられませんでした。
しかし、伊予朝倉上の古代の伝承は、、、奈良よりも京都よりも、、興味深いのです。
その後は、伊予西条の古代史です、、、
そこで、、途切れます、、、古代の文明開花だったのです。
ただし、対馬の女神の一族は絶滅しましたが、
沖縄の久高島では、1900年後半まで、弥勒誕生への女神ハトホルの祀りが続いたのです。
日本の力が及ばないことが幸いしたのですが、梵志の子が、toto神のひな鳥から生まれ、女神ハトホルによって育てられる、、、という必然の活動が進み、いよいよ古代エジプトの、二羽の鳥が大地に立つヒエログリフが現実となって、天地の岩戸が開き始めた時、、、久高島の役割は完了したのです。
ソレを伝える役目の巫女さんは女神の子孫だと思いますが、ソレを知ってか知らずか、、何度も夢に出てきた赤い二つの鳥居を探して、各地を遊行し、見事に役目を果たされた人がいます。地形文書に代わって、、、、お疲れ様でした、、とお伝えしたく思います。二十数年前のはなしですが。
